アメリカで注目のMedtech企業:Google元幹部が立ち上げたフォーワード

フォーワードというMedtech企業

 フォーワード(Forward)は、Googleの元幹部エイドリアン・アオウン氏が設立した医療系スタートアップ企業です。フォーワードの事業目的は、「アップルストアのような医療施設」を作ることです。

 心臓発作に襲われた兄弟が病院で治療を受けた事で、それまで医療の世界とは無縁だったアオウン氏はアメリカの医療の現実に直面しました。医師達がメッセージを書き込んだ無数のポストイット(Google出身の同氏は、ポストイットが未だに使われていることに驚いたそうです)、「拷問のような」旧式でお粗末な各種のソフトウェア、1970年代から取り出してきたような古臭い医療機器。

 マウントサイナイ病院という、アメリカでも屈指の最先端病院にしてその有様。アオウン氏はそれを「医療システム全体が何十年も凍ったままの状態のようだ」と表現しています。「私は、自分が見たものに対して深く絶望した」ともコメントしています。

 人生で初めて「医療」について考えをめぐらしたアオウン氏は、人にとって優れた医療とは何かを考え、「快適でスマートな医療を提供する、アップルストアのような医療施設」を作ることを決意したのです。

アメリカの医療の闇

 医療におけるソフトウェアとハードウェアの酷さを特に懸念したアオウン氏は、それらがなぜ旧態依然としたものなのかを深く考察しました。その結果、医療におけるソフトウェアとハードウェアは、患者の命を救うためではなく、医療機関がお金を稼ぐために使われていると考えたのです。

 例えば、心臓のバイパス手術は病院に10万ドル(約1,050万円)の売上をもたらしますが、AIなどの最新技術を使って予防医療が実現してしまうと売上はゼロになってしまいます。「現在の医療システムは、失敗を前提に運営されている」とアオウン氏は主張します。

 ステータスクォーと化した既存の医療を改革するのはほとんど不可能であり、それならば全くのゼロから新しいものを作り出す方が手っ取り早い。アオウン氏はそのように考えたのです。

フォーワードのビジネスモデル

 既存の医療とはまったく違うコンセプトを持つフォーワードは、ビジネスモデルも全く違っています。既存の医療施設では Pay as you goと呼ばれる積算方式で医療費が健康保険組合などの保険者へ請求され、被保険者から徴収した保険料を財源に支払われます。この仕組みでは、医療機関、健康保険組合、被保険者の三者はそれぞれトレードオフの関係になり、特に医療機関においては、できるだけ診療の回数を増やして内容を濃くしようとするインセンティブが働きます。

 フォーワードはそうした保険金ベースのモデルではなく、会員制のビジネスモデルを採用しています。会員は毎月149ドル(約15,645円)の会費を支払い、各種の健康管理プログラムやコンサルティングを受けます。フォーワードでは、病気や怪我が発生した後に対応する事後医療ではなく、病気の発生を未然に防ぐ予防医療が基本となります。

 医師が最新のソフトウェア、ハードウェア、AIなどをフル活用し、会員が病気にならないようにチームで管理するのです。医師の診療成績を上げるため、フォーワードのクリニックは「ソフトウェア、ハードウェア、医師がフルスタックとなった施設」として機能しているのです。

フォーワードが直面する課題

 サンフランシスコのフラッグシップクリニックに加え、2018年にロサンゼルスに第二クリニックを、そして今年ニューヨークに第三クリニックを開設したフォーワードですが、直面する課題は少なくないようです。

 まず、同社のビジネスモデルが本当に成立するのかという問題があります。月額149ドルという、フィットネスクラブ並みの会費でやっていけるのかという疑問が投げかけられています。特に、最新のボディスキャナーなどを装備しているフォーワードのクリニックは、設備投資などが相当かかっています。詳細は明かされていませんが、同社はベンチャーキャピタルなどから相当の資金を調達したといわれています。最新のソフトウェアやAIなどの導入により、医師の診療効率が「スケールアウトする」とされるものの、収支がとれるかは未知数です。

 また、フォーワードが病状の安定していない人を会員に出来るかという問題もあります。予防医学を基本とするフォーワードでは、現実に病気や怪我の人を会員にすることは前提にしていないと思われます。不健康な人はフォーワードの医療を受けられなくなり、モラル上の問題と医師による応召義務違反のリスクが生じます(アメリカにも救急医療が必要な患者に対して医師の応召義務を求める法律が存在します)。ある程度誰もがフォーワードの会員になれるようにしないと、フォーワードが「健康な人達だけのための健康クラブ」化する可能性があります。

 いずれにせよ、旧態依然としたアメリカの医療を改革しようというアオウン氏の姿勢は評価に値します。アメリカ医療の変革を目指すフォーワードの今後に、大いに注目しましょう。

執筆者 前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員、北米担当コンサルタント

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

連絡先:k-maeda@j-seeds.jp

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