アメリカで進行する「チップフレーション」の実情

アメリカはチップ文化の国です。レストランやバーなどの飲食店、フードデリバリーサービス、タクシーやライドシェア、ホテルなどの宿泊施設等々、チップを支払うシーンが少なくありません。ところが最近のアメリカでは、チップを受け取る側の「期待レート」が総じて上昇し、さらにこれまで不要とされていた場所でチップが求められる「チップフレーション」が問題になりつつあります。今回は、その「チップフレーション」の実情について解説します。

「チップフレーション」とは?

チップフレーション(Tipflation)とは、チップ(Tip)とインフレーション(Inflation)を掛け合わせて造られた造語です。なお、アメリカではTipを「ティップ」と発音しますが、日本ではチップと言う言葉が一般的ですので、本稿ではチップおよびチップフレーションと表記します。

チップフレーションという言葉は、アメリカでインフレの固定化が顕著になった今年初め位から使われるようになったとされています。インフレの進行により生活コストが上昇し、特に最低賃金で働く人の生活が立ち行かなくなり、チップに活路を見出そうとする機運が高まったことや、コロナ渦の最前線で働くエッセンシャルワーカーをチップで援助しようというムーブメントが高まったことなどが背景にあるようです。

レストランやバーなどの飲食店はチップの支払いが求められる代表的な場所ですが、これまでのチップの標準的な「期待レート」は長らく15%程度とされていましたが、それが今日では30%にまで上昇しているそうです。また、客に自発的にチップを支払わせるのではなく、店の方であらかじめ20%から30%程度のチップを伝票に盛り込む「自動謝金」(Automatic Gratuity)を行う店も増えてきているようです。

これまではチップ不要のところでもチップを

また、これまではチップ不要のところでもチップを要求するケースが増えてきています。例えば、ドライブスルーを含むファストフードレストランは、これまでチップ不要とされてきており、実際にチップを支払う客も少数でした。しかし、支払い時に客にチップ上乗せを選択させる「選択式チップ支払制度」を導入するファストフードレストランが激増し、今日までにファストフードレストランの48%が導入しています。

同様に、これまで長らくチップ不要とされていたスーパーマーケット、リカーストア、ベーカリーといった小売店の多くも「選択式チップ支払制度」を導入し、客にチップ上乗せを選択させるようになってきています。

いわゆるフルサービスレストランのように、ウェイターやウェイトレスから接客サービスを受けたのであれば、それに対するチップを支払うのは理解できるでしょう。しかし、そうした接客サービスが提供されないドライブスルーやスーパーマーケットでもチップが求められるとしたら、納得できない人が出てきてもおかしくはないでしょう。

デジタルペイメントシステムの普及が原因

なぜ、これまではチップ不要とされていた店でも客にチップを求めるケースが増えているのでしょうか。その直接的な原因がデジタルペイメントシステムの普及です。大手コンサルティング会社マッキンゼーによると、2022年時点でのアメリカのデジタルペイメントの利用率は89%に達し、アメリカにおける標準的な決済方法となっています。

サービスを提供する店の側もそれに呼応し、店頭にデジタルペイメントデバイスを設置する店が激増しています。そして、そうしたデジタルペイメントデバイスのほぼすべてが、タッチスクリーン上に「選択式チップ支払制度」の画面を表示させていて、客にチップ上乗せを選択させるようになっているのです。

また、モバイルデバイスを使った決済システムの普及も進んでおり、決済時に「選択式チップ支払制度」の画面がほぼデフォルトで表示されるようになっています。デジタルペイメントシステムやモバイル決済システムの普及が、結果的に客にチップを求める店を増やす結果をもたらしているのです。

「チップ疲れ」する人も

チップフレーションの進行は、それへの反動として、「チップ疲れ」(Tip fatigue)するアメリカ人を増加させています。アメリカの調査会社キャプテラが行った調査によると、アメリカの消費者の70%が「現在のアメリカ社会ではチップが求められすぎている」と感じており、50%が「(デジタルペイメントシステムやモバイル決済システムの普及により)より多くのチップを支払うよう操作されているように感じる」と答えています。さらに、53%が「これまでチップが求められなかった場所でチップを支払うよう求められた」と答えています。アメリカにおけるチップフレーションの進行は現実であり、多くのアメリカ人が「チップ疲れ」を起こしているのです。

来日する多くのアメリカ人が、日本では飲食店やホテル、あるいはタクシーなどでチップを支払う習慣がないことに驚き、感銘を受けているそうです。円安でますます多くのアメリカ人が来日し、より多くのお金を使う時代を迎えていますが、その背景には円安に加えてアメリカにおけるチップフレーションの進行とチップ疲れという現実もあるようです。チップ疲れで疲弊したアメリカ人が円安の日本で癒される。そんな風景が今後しばらくは続きそうです。

執筆者

前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員、北米担当コンサルタント

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

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