アメリカ人が頑なにインチ、ポンド、ガロンを使うワケとは?

留学や駐在などで日本人がアメリカで暮らし始めて戸惑うことのひとつがモノの重さや大きさなどを表す単位。ほとんどの日本人はメートル法しか知らず、スーパーマーケットで肉や野菜を買う際にポンドやオンスといった単位を見ても実際の重さがイメージできません。また、モノの大きさについてもフィートやインチと言われても実際の大きさがイメージできません。メートル法に慣れてしまった日本人には非常にわかりにくい単位ですが、アメリカ人が頑なにこだわるのはなぜでしょうか。

メトリック(メートル法)対インペリアル

モノの重さや大きさを表す単位にはメトリック(Metric, メートル法)とインペリアル(Imperial)の二つがあります。メトリックでは長さの単位としてメートルが、液量の単位としてリットルが、重さの単位としてグラムが使われています。メトリックは、18世紀にフランスで世界共通の統一単位の確立を目指して制定されました。1791年にフランス国民議会議員ペリゴールの提案により、地球の北極点から赤道までの距離の「1000万分の1」を1メートルに、1立方デシメートルの水の質量を1キログラム、1デシメートルの液量を1リットルと、それぞれ定められました。

一方のインペリアルでは長さの単位としてインチ、フィート、ヤードなどが、液量の単位としてパイント、クォート、ガロンなどが、重さの単位としてオンスやポンドなどが使われています。1824年にイギリスで標準化され、当時の大英帝国構成国とその植民地で広く使われたことからインペリアル(Imperial)と呼ばれています。インペリアルがやっかいなのは、メトリックと違って10進法で定められていないことです。例えば、1フィートは12インチであり、1ヤードは3フィートです。また、1クォートは2パイントであり、1ガロンは4クォートです。さらに1オンスは16ドラムであり、1ポンドは16オンスです。いずれも規則性が無く、慣れるしかないというシロモノです。

アメリカでインペリアルが使われている理由

では、アメリカでインペリアルが使われている理由は何でしょうか。それは、イギリスの植民地時代のアメリカが、1824年に制定された標準インペリアルの前に使われていた「初期インペリアル」を導入し、広く使っていたからです。1824年の標準化により「初期インペリアル」から部分的な変更が行われましたが、多くの部分はそのまま移行されています。現在アメリカで使われているインペリアルと元祖イギリスのインペリアルとの間に微妙な違いがあるのはそれが理由です。アメリカは独立後、「初期インペリアル」をベースに自ら「アメリカ標準基準」を定め、国の公式単位に定めています。

アメリカにメトリックに移行する気はあるのか

ところで、現在インペリアルを国の標準単位として使っている国は、アメリカ、ミャンマー、リベリアのわずか三か国しかありません。インペリアルの産みの親であるイギリスですら公式にはメトリックへ移行しています(なお、イギリス人にはインペリアルにこだわる人が少なくなく、小売店などではメトリックとインペリアルが併記されているケースが少なくないそうです)。アメリカは、インペリアルを標準単位として使っている世界でただひとつの先進国なのです。そんなアメリカにメトリックに移行する気はあるのでしょうか。

実はアメリカは1975年に「メトリック移行法」を定め、法制化しています。当時のフォード大統領の肝いりで法制化したものの、実際には移行が進まず、事実上頓挫しています。頓挫した理由については諸説ありますが、特に産業界が移行にかかるコスト負担を嫌い、移行のモメンタムを醸成できなかったようです。また、メトリックがアメリカ人に2世紀以上に渡って使われてきたため、もはやアメリカの文化を構成する一大要素となっていることも関係しているかもしれません。何よりも、ハイテク産業などの主要セクターで、自国でほぼすべて完結できるポジションにいることからメトリックに移行して他国に合わせる必要がないことも影響しているでしょう。

少しずつ始まっているメトリックの利用

そんなアメリカですが、メトリックに全面的に移行することは、よほどのことがない限り、あり得ないと考えた方がよさそうです。一方で、メトリックを採用している各国との結びつきが深まる領域では、メトリックが使われ出す可能性はあります。

例えば、国際間協力が必須の宇宙開発などでは、アメリカでもメトリックが使われ始めています。NASAは、1990年頃よりほぼすべてのオペレーションにメトリックを使い、国際宇宙ステーションにおける標準単位をメトリックに定めています。また、イーロン・マスク率いるスペースエックスも、自社のロケットや宇宙船をメトリックで設計しています。

また、病院などの医療機関や調剤薬局(グラム、リットル)、食品表示(グラム)、マラソンや水泳などのスポーツ大会(メートル)などでもメトリックの利用が進んでいます。アメリカにおいては、メトリックへの完全移行は無理にしても、分野によってはメトリックの利用が今後さらに進んでゆきそうです。

執筆者 前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員、北米担当コンサルタント

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

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