アメリカを分断?中絶禁止を合法と認めたアメリカ最高裁の判決


アメリカ現地時間の先週6月24日、アメリカ社会を揺るがす米最高裁による衝撃的な判決が出されました。妊娠15週以降の中絶を禁じるミシシッピ州法の合憲性について、最高裁は合憲であると認め、それにより中絶を禁止している州が改めて独自の州法で中絶を禁止できるようになったのです。それに対し、都市部のリベラル層の女性などが猛反発、アメリカを分断する大騒動となっています。本記事では、中絶を巡るアメリカの現状をお伝えします。

先週までのアメリカでは

先週までのアメリカでは、いわゆる「ロー対ウェイド事件判決」を根拠に、中絶はアメリカの憲法が保障する女性の権利であるとされ、中絶を原則禁止している一部の州においても、中絶が事実上行われてきました。

「ロー対ウェイド事件判決」とは、1970年に当時妊娠していた未婚女性のジェーン・ロー(仮名)さんと中絶手術を行い逮捕された医師が原告となってテキサス州ダラス郡のヘンリーウェイド地方検事を訴えた裁判の判決で、「望まない妊娠を継続するか否かの判断は女性のプライバシー権に含まれる」としたものです。この判決により、アメリカでは半世紀にわたって中絶が連邦政府の認める女性の権利であるとされてきたのです。ところが、先週出された判決では、中絶を禁止している州法は合憲であるとされ、「ロー対ウェイド事件判決」が改めて覆ったのです。

中絶を禁止している州は?

判決確定後、以下の10州が州内での中絶が違法であると直ちに発表しています。

・ユタ州
・テキサス州
・オクラホマ州
・サウスダコタ州
・ミズーリ州
・アーカンソー州
・ルイジアナ州
・アラバマ州
・ケンタッキー州
・オハイオ州

また、以下の5州が遅くとも1カ月以内に州内での中絶を禁止するとしています。

・アイダホ州
・ワイオミング州
・ノースダコタ州
・ミシシッピ州
・テネシー州

さらに、以下の5州がいずれ州内での中絶を禁止するとしています。

・アイオワ州
・インディアナ州
・ウェストバージニア州
・サウスカロライナ州
・ジョージア州

中絶が合法の州は?

一方、以下の州では中絶が合法です。

・カリフォルニア州
・オレゴン州
・ワシントン州
・ネバダ州
・コロラド州
・ニューメキシコ州
・ミネソタ州
・イリノイ州
・ニューヨーク州
・バーモント州
・メーン州
・マサチューセッツ州
・ニュージャージー州
・メリーランド州

リベラルや民主党支持者が多いブルーステートの多くで中絶が合法となっています。中絶の問題についても、ブルーステート対レッドステートの対立と同様の構造が浮かび上がっています。

中絶反対の理由とは?

アメリカでは中絶賛成派と反対派との対立が深刻になっていますが、そもそも反対派が中絶に反対する理由は何でしょうか。その最大の理由は宗教的な理由です。より具体的にはキリスト教の教義上の理由です。宗教離れが進む現代のアメリカですが、アメリカには今でも多くのキリスト教信者(クリスチャン)が存在しています。

ギャラップの調査によると、現在のアメリカのクリスチャン人口は2億3千万人から2億5千万人程度で、世界最大のクリスチャン人口を擁する国となっています。宗派別内訳では、プロテスタントが全体の48.5%、カトリック22.7%となっています。そして、プロテスタントの宗派の中でも、特に福音派クリスチャンとクリスチャン右派と呼ばれる人たちが中絶に猛烈に反対しているのです。

では、なぜ福音派クリスチャンとクリスチャン右派は中絶に反対しているのでしょうか。答は、「聖書にそう書いてあるから」です。特に福音派クリスチャンは聖書絶対主義者で、聖書に書かれていることが絶対の真実だと信じています。聖書に中絶をしてはならないと「解釈できる」箇所が複数あり、それを根拠に中絶に反対しているのです。

合法州への出張手当支給の企業も

中絶を巡るアメリカの分断には、その根底に宗教的対立が存在しています。そして、相互に信条や立場を理解し、打開策を見出さない限り、両者が和解することはないでしょう。残念ながら、そのような日がやってくる可能性は限りなくゼロに近いと思われます。

今回の判決を受けて、中絶が合法な州へ「出張」する女性社員に出張手当を支給すると表明する企業が続出しています。これまでにバンク・オブ・アメリカ、ゴールドマンサックス、シティグループ、JPモルガン・チェースといった大手金融機関を始め、マイクロソフト、Apple、Amazon、メタなどのハイテク企業、ディズニー、ワーナーブラザーズ、Netflixなどのエンターテイメント企業も名乗りをあげています。こうした企業による「女性の家族生活上の選択権を守る活動」は、今後さらに広がってゆく可能性が高いでしょう。

米最高裁が出した今回の判決は、アメリカ社会に大きな衝撃を与えました。公共放送PBSも連日この話題について報じており、今後しばらくは続くことでしょう。2022年6月24日は、「それ以前」と「それ以後」を分ける、歴史的な一日になってしまったようです。

執筆者 前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員、北米担当コンサルタント

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

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