巨額の教育ローンに苦しむアメリカの若者達

膨張を続けるアメリカの教育ローン

米紙USNewsによると、2019年6月時点のアメリカの教育ローンの総借入残高は1兆6千億ドル(約170兆円)に達し、住宅ローンに次ぐアメリカ第二位の巨大債務カテゴリーとなっているそうです。教育ローンを抱える人の数は4500万人もいて、アメリカ人の6.7人に1人は教育ローンを抱えている計算です。アメリカの平均的な大学生は、1人当たり37,172ドル(約393万円)の教育ローンを抱えています。

高騰を続ける学費と比例する形で教育ローンの残高が膨張を続けているのですが、一方で、債務の不良化率も11.2%と高止まりで推移しています。多額の教育ローンを返済出来ない人が一定の割合で出てきているのですが、過剰債務を負っている人も多く、教育ローンを借りている人の200万人以上が10万ドル以上(約1060万円)を、さらに41万5千人が20万ドル以上(約2120万円)を借りているそうです。

返済に苦しむ若者達

少なくない数の学生が10万ドル以上の教育ローンを抱えているのですが、彼らは実際に返済出来ているのでしょうか。上に教育ローン債務の11.2%が不良化していると書きましたが、大学によっては不良化率が20%以上に達しているところもあるそうです。つまり、教育ローンを借りている学生の5人に1人は返済に行き詰っているのです。ある計算によると、アメリカでは29秒ごとに1人が教育ローンの返済が出来なくて破綻しているそうです。

インターネットにStudent Debt Crisis というウェブサイトがあります。直訳すると「学生債務危機」となる名前のサイトには、教育ローンに苦しむ人の悲痛な声が数多く投稿されています。多くの学生が大学院へ進学するために10万ドル規模の教育ローンを借りたものの、卒業後に就職して得たサラリーが予想以上に少なく、返済が困難になっているケースが少なくありません。

同サイトに寄せられた、ある大学事務員からの書き込みをご紹介します。

「私は大学の事務室で働いていますが、多くの学生が経済的に破綻するのを目にしています。彼らは教育を受けるメリットを信じて高額な教育ローンを借りたのです。政府は彼らをサポートしませんし、逆に彼らから搾り取ろうとします(返済遅延者に課される高額の回収手数料の事)。実に忌まわしい事です。軍事に膨大なお金を使うのであれば、彼らに使うべきです。私には言葉がありません」

アメリカの大学の学費は、なぜこれほど高くなったのか?

アメリカの大学の学費は実際のところ結構幅があり、州立大学やローカルなコミュニティカレッジなど、安いところはそれなりに安いです。しかし、ハーバード、スタンフォード、シカゴ、コロンビア、MITといった、いわゆる私立の名門大学の学費は驚くほど高いです。ハーバード大学も、年間の学費が6万ドル(約660万円)もします。前に、ある日本人の女性弁護士がハーバード大学へ留学すると1年間で1千万円もかかると嘆いている記事を読みましたが、生活費などを含めるとそれくらいのコストが本当に必要になるのです。

では、アメリカの大学の学費は、なぜこれほど高くなったのでしょうか。最大の理由は政府からの助成金の削減です。巨額の財政赤字に苦しむアメリカは、近年歴代の大統領がこぞって連邦予算の支出削減に取り組んできました。その矛先となったのが大学へ支払われる助成金で、連邦政府、州政府共に削減が続いたのです。

また、フットボールなどのスポーツイベントへの過剰な投資や、ノーベル賞受賞者などの著名教授をヘッドハントするための人件費の高騰などを理由に挙げる専門家もいます。さらに、多くの大学が官僚組織化していて、構造的に高コスト体質になっているという声もあります。いずれにせよ、アメリカの大学の学費が高騰している理由はかなり複合的なものであるようです。

アメリカの若者を待つ未来とは?

今年のアメリカ大統領予備選挙で民主党からバーニー・サンダース氏が立候補し、公約に公立大学の学費無料化と教育ローンの利息引き下げを挙げて多くの若者の支持を集めた事は記憶に新しいところです。サンダース氏は、同時に国民皆健康保険制度の導入も訴えていましたが、サンダース氏の政策の基本が社会的弱者への富の再分配である事は明らかです。アメリカの自由主義経済が悪い方向へ傾くと、それを戻そうとする作用が働きます。アメリカの教育問題、教育ローン問題の歪を直そうとする力が、今後何らかの形で生まれて来ると期待したいところです。

ちなみに、アメリカの教育ローンの多くは連邦政府からの助成金を使っているため、借り手が自己破産を宣告しても免責されないケースがほとんどです。しかも返済が滞ると回収を代行する保証機関に最高で16%もの高額な手数料を上乗せされてしまいます。教育ローンの返済が出来ない上に回収手数料が雪だるま式に増えて行くのでは、まさに借金地獄というしかありません。

日本でも学生支援機構の奨学金返還が滞るケースが増え、社会問題化しつつありますが、アメリカの教育ローン問題のスケールとは比較になりません。日本の奨学金問題などは、アメリカから見ると実につつましいものに見えることでしょう。

アメリカの教育ローン問題の解決は一筋縄では行かないでしょう。借り手の責任、貸し手の責任、大学の責任、政府の責任、それぞれが妥協と譲歩を繰り返しながら一つずつ紐解いてゆくしかないかも知れません。なお、最近は優秀な学生を採用するために、入社の見返りに学生ローンを肩代わりしてくれる企業が少しずつ増えてきているそうです。

執筆者 前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員、北米担当コンサルタント

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

連絡先:k-maeda@j-seeds.jp

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