「人権」という言葉を聞くと学生時代の道徳の授業を思い出しますが、ビジネスにおいても人権は避けて通れないテーマです。すべての人の人権を尊重する、肌の色や宗教、性別・性的嗜好で差別しない、適切な賃金の支払いや労働環境を提供するということは当然のことです。しかし、残念ながら日本含めた多くの国で継続して取り組まなければいけないテーマであると考えています。そして、この人権がビジネスに与える影響が近年大きくなっています。そこで本年一回目の私のコラムでは、「人権」を取り上げます。
先進国で人権重視の姿勢が高まっている
人権とはなんでしょうか。世界人権宣言の第一条には「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」とあります。ビジネスの場で考えると、みなさんご自身も雇用先から適切な給与を払ってほしい、自身の心身の健康と安全が確保され、自分のしたことを適切に評価される環境があってほしいという気持ちはお持ちになると思います。これはみなさんに関わらず、世界中の誰もが共通に抱く願望であり、他者のそれを尊重するということは当然のことであると私は考えます。
アメリカおよびヨーロッパにおいて、この人権重視を掲げる外交政策が高まっています。特に中国による新疆ウイグル自治区における中国政府による行動を批判する声明がアメリカやEUなどから相次いで出されており、これが2022年の北京オリンピックの外交使節団派遣拒否などにもつながっています。この新疆ウイグル自治区の強制労働において製造された綿製品の禁輸措置などもとられています。これは私見ですが、もちろん中国政府の新疆ウイグル自治区に対すること自体への批判ということもありますが、経済大国として力をつけてきている中国に対する牽制ということもその背景にあるように思います。
日本においても外国人技能実習生が増えてきましたが、一部の企業で低賃金労働や適切な労働環境を与えていないということを聞きます。海外の報道においてもこういったことが取り上げられることがあり、日本人として恥ずかしく思っています。それと同時に、中国のように日本バッシングの格好のネタとして利用されビジネスに悪影響が出る可能性はゼロではないと考えています。
企業が人権に取り組まなければいけない理由
この人権問題はビジネスに対して、好影響および悪影響を与えます。人権問題に真摯に取り組んでいる企業、例えば従業員や取引先を大切にする企業は人材の定着率なども高く、取引先との良好な関係を通じたビジネス面での安定にも繋がります。また、ブランド価値や株価向上といった効果もあると思います。しかし、直接的な効果が見えないということで軽視する企業様も少なくありません。
しかし、人権問題をないがしろにすることで大きな損失をこうむる企業は増えています。ストライキなどの発声や従業員の退職などによる業務の停滞や、取引先からの取引停止および官公庁からの指名停止などが想定されます。訴訟沙汰などとなればそれに関する費用だけではなく、ブランド価値や株価の下落といった面でも影響は避けられないでしょう。特に昔と比べ、内部通報が定着してきたことやソーシャルメディアなどで従業員が声を上げやすくなったこともあり、企業の醜聞はあっという間に広がります。
ヨーロッパビジネスにおいては法的処罰対象になる可能性も
EU(欧州連合)は近年、人権問題に関して厳しく取り組んでいます。例えば「EUグローバル人権制裁制度」が2020年に制定され、個人、法人など問わず深刻な人権侵害行為に対して、その発生地によらず制裁を科すことを可能となっています。また「サプライチェーンにおける強制労働問題に対処するためのデュー・ディリジェン ス・ガイダンス」なども施行されています。そして現在も、企業活動に伴う人権への負の影響を調査・評価し、それを防止、停止、軽減させるための法令を整備しています。EU加盟国各国で、独自の基準を設けて人権に対してすべての企業が真摯に取り組むことを義務付け、違反した企業に大きな罰則を課す可能性もあります。
これらの法律は各国内法へと置き換えられ効力を発します。例えば、ドイツでは2023年1月に「サプライチェーンにおける人権・環境デュー・ディリジェンス法」が施行されます。一定規模以上の企業に対して、人権尊重や環境保護に対する管理責任者の設置やモニタリング、リスク分析といった義務を課すものです。これは企業自身だけではなくドイツ国内外のサプライヤーに対しても対象とされます。義務違反が発生した場合は課徴金および公共調達入札への参加禁止などの罰則があります。
EUを離脱したイギリスにおいても2015年に英国現代奴隷法が施行されました。これはイギリス国内で一定の売上を有する企業に対して、自身のビジネスに加えてサプライチェーンにおいても奴隷労働や人身取引根絶を義務付けるものです。毎年報告義務があり、報告を怠った場合は無期限の罰金となる場合があります。
こういった法律に配慮することがヨーロッパでビジネスを行う企業に対して求められます。
今回のコラムはやや説教くさい話となりましたが、世界でビジネスを行う上で、特にヨーロッパでは人権問題は避けて通れないテーマになろうかと思います。これはみなさんの企業だけではなく、サプライヤーも含めた取引先も対象です。日本では行っていない新たな取り組みが必要となるかもしれません。ただビジネス上必要だからという理由ではなく、世界人権宣言第一条の後半にあるとおり、「人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動」していただければ幸いです。
出典など
独立行政法人 日本貿易振興機構(JETRO) (2021). 英国 2015年現代奴隷法(参考和訳)(2021年12月) | 調査レポート – 国・地域別に見る.
https://www.jetro.go.jp/world/reports/2021/01/aa1e8728dcd42836.html
独立行政法人 日本貿易振興機構(JETRO) (2021). 欧州で進む人権デューディリジェンスの法制化と企業の取り組み | 地域・分析レポート – 海外ビジネス情報. https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2021/b369e53aa804d97f.html
外務省 (n.d.). 世界人権宣言(仮訳文)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/udhr/1b_001.html
浜田真梨子(はまだ・まりこ)
執行役員 シニアマーケティングコンサルタント(欧州)
大手電機メーカーにて約10年に渡り、IT営業およびグローバルビジネスをテーマとする教育企画に従事した。その後コンサルタントとして独立し、日系・外資問わず民間企業や公的機関へのコンサルティングを行っている。中でもハンズオンベースでの調査から受注までの一連のプロセスをカバーする営業・マーケティング支援や、欧州拠点の設立などのサポートを得意とする。2016年には欧州で経営学修士号(MBA)を取得し、現在はドイツを拠点に活動している。