ジェトロ ブルガリア・セルビア・ビジネスミッション参加レポート〜セルビア編〜
先日、ご縁があり2024年の10月15日から18日までの4日間、ジェトロ(日本貿易振興機構)主催のブルガリア・セルビア・ビジネスミッションに参加させていただくことができました。ブルガリア・セルビアの2回に分けて、参加レポートをお届けしていますが、前回のブルガリア編に引き続き今回はセルビア編です。
はじめに
11/1にセルビア第二の都市・ノヴィ・サドの駅でコンクリート製の屋根が落下して、11/7時点で少なくとも14名の方がお亡くなりになりました。セルビア国内では建設大臣が責任を取って辞任に追い込まれる事態となっているようです。犠牲者の方のご冥福をお祈りするとともに、本事故でお怪我をされた方の1日も早い回復をお祈り申し上げます。
セルビアの概要
セルビアは西バルカンに位置するEU(欧州連合)非加盟国です。人口は約660万人で面積は約7.75万平方キロメートル(北海道とほぼ同じ)の内陸国です。ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、北マケドニア、モンテネグロ、そしてコソボと国境を接しています。シェンゲン協定に加盟していないので、陸路・空路のいずれにおいても国境審査が行われます。公用語はスラブ系言語のセルビア語で主にキリル文字が利用されることが多いようですが、ラテン文字も広く流通しています。
セルビアは第二次世界大戦後、チトーを中心としたユーゴスラビア社会主義連邦共和国の一部でした。しかし1991年から2001年にかけて発生したユーゴスラビア紛争を経て構成国が相次いで独立し、その後モンテネグロが分離し、2006年に現在のセルビア共和国となっています。さらに、同国南部に位置しているコソボが2008年に独立しました。セルビアはコソボの独立を認めておらず、このコソボ問題がEU(欧州連合)加盟に向けた大きな障壁となっています。また、ロシアや中国と極めて良好な関係を有しており、両国もコソボに対してはセルビアの立場を支持していることも、EU加盟を難しくする要因となっています。そのためセルビアのEU加盟は早くても2030年だろうと予想されています。
日系企業誘致に力を入れるセルビア
もともとセルビア政府や国民感情としては、ユーゴスラビア紛争、特にコソボ紛争でのNATO(北大西洋条約機構)による空爆等の歴史的な経緯やロシア産天然ガス等への依存といった背景もあり、親露感情が強いようです。ただし、ロシアのウクライナ侵攻後、ヴチッチ大統領を中心とした現政権もロシアと少し距離を取り始めているようにも見受けられます。おそらくですが、そういった背景が今回のジェトロのビジネスミッションにもつながっているのではないかと推察されます。本ミッションの実現にはセルビア政府からの強烈なアプローチがあったとお聞きしました。
下の写真はセルビア大統領府でのセルビア・日本ビジネスフォーラムです。左から六番目の男性がヴチッチ大統領で、それ以外の方々は首相を筆頭とした主要閣僚メンバーや商工会議所長等です。今回のビジネスミッションでは、エア・セルビアが日本からのチャーター便をセルビア政府負担で手配したということからも、セルビア政府の気合の入りようがお分かりいただけるかと思います。なお、日本は失われた30年等といえども世界の名だたる経済大国であり、汚職も世界の中で相対的に少ないのでこのような政治情勢の変化の節目に各国からラブコールを得やすいようです。
また、経済大臣はアドリアナ・メサロヴィッチ氏です(写真右から5人目の女性)。メサロヴィッチ大臣は事故のあったノヴィ・サド出身で、まだ40代前半の若くかつ大変情熱的、意欲的な女性です。初日の大統領府訪問だけではなく、ノヴィ・サドでのScience & Technology Park訪問やベオグラード空港での参加者見送りにまで足を運ばれ、日本・セルビアの経済強化を2日間にかけて強く訴えられていました。
セルビアの経済、ビジネス展開の可能性
セルビアの通貨はセルビア・ディナールです。GDPは750億ドル、1人当たりGDPは約11,361ドルで、日本の3分の1程度です。この数字はブルガリアよりもやや低いのですが、市内のインフラの整備状況はブルガリアよりも整っているように見受けられました。人件費はブルガリアの8割程度のようですが、オフィス賃料やエネルギーコスト等においてもブルガリアや他の周辺EU諸国と比較して優位性がありそうです。エネルギーコストについてはロシアに依存していることが理由の一つと言えるでしょう。
しかし、ブルガリアと同様、セルビアも人口が約660万人でかつ経済水準もそう高くはないので、日本企業の製品販売先としては期待することは難しいと考えます。ブルガリア編でも記載しましたが、セルビアも他の欧州の小国同様、現地雇用促進を前提とした海外直接投資(FDI:Foreign Direct Investment)に期待している点が大きいです。セルビアが受けているFDIについては自動車、農業・食品等を中心とした製造業が多数を占めています。ベオグラード大学やノヴィ・サド大学等を卒業した優秀な人材を確保することがキーになるようです。また、ブルガリアと異なりセルビアはEU加盟国ではないので、仮にEUに出荷する場合規制面でクリアしなければならないハードルが高いことには注意が必要です。
日系企業においては、特に自動車産業のセルビア進出が近年顕著です。Toyo TireやNidec等がここ数年で相次いでセルビアに工場建設を行い、生産を開始しています。セルビアは日本以外の国々の自動車産業からも注目を集めているようです。FDIの投資国(金額ベース)のトップ1、2にドイツやイタリアが位置しており、セルビアで製造された製品はEUの自動車産業のサプライチェーンに組み込まれていることがうかがえます。
ただし冒頭でも書きましたがセルビアは中国への依存度が高い国です。輸出入トータルではドイツが最大の貿易相手国ですが、2022年度の輸入先としてはドイツを抜いて中国がトップとなっています。FDIの投資額においても、ドイツ、イタリアに次ぐ立ち位置にいます。今回のビジネス・ミッションにて、とある日系企業を訪問しましたが、短期間での工場建設や生産開始にこぎ着けたのは、同社の中国工場の支援が大きかったとお聞きしました。中国工場を複製するような形を取り、中国での資材や中国工場の人員、ノウハウ、部品のサプライチェーン等の活用ができたことが大きいようです。中国人がセルビアに短期滞在をするのにビザが必要ではない、ヨーロッパの中でも珍しい国です。セルビア工場で生産した製品はEU加盟国へ輸出されるようですが、セルビア国内の日系企業といえど、中国の影を大きく感じました。
セルビアで感じた異様さ
最後にこれはあくまで私見(むしろ偏見)ですが、セルビア滞在中にある種の異様さを感じることが多々ありました。一つは街中にあふれるセルビア国旗です。セルビアの国旗は赤・青・白の三色の旗に国章が左側に付記されていますが、国章がないものも街で見かけます。国章がない国旗を縦に掲げると、ロシアの国旗と同じ並びになります。多くのEU加盟国で2022年2月以降、自国および欧州旗と並んでウクライナの国旗が掲げられていることが当たり前になっている中で、まるでセルビアがロシアの国旗を掲げている(=ロシアを支援している)かのように見え、怖さを感じました。
このミッションの翌週に「Serbia’s Vucic thanks Putin for natural gas supplies (邦訳:セルビアのヴチッチ大統領、天然ガス供給でプーチン大統領に感謝する)」という記事を目にしました。さらにEU加盟国の中で極右と言われるハンガリー等とも接近しているようです。
また、中産国のセルビアがわざわざチャーター便を手配してまで、日本からの一般人の視察団を受け入れるということについても驚きです。国家元首含めた大きな力が働いたことが大いにうかがえます。実際ヴチッチ大統領は非常に勤勉で、強いリーダーシップを発揮している方だとお聞きしました。国からのトップダウンはビジネスを行う上で非常に有効であると同時に、両国の関係がうまくいかなくなった場合に悪影響を及ぼす諸刃の剣とも言えるでしょう。これはセルビアに関わらずどの国においても拠点を設立する場合、リスクとして考慮すべきであると思います。また、私は、現地の一部の日本人等が「セルビアはすごい、ヴチッチ大統領はすごい」と手放しで絶賛されているのに一抹の不安を感じました。
長くなりましたが、2回に分けてジェトロ・ブルガリア・セルビア・ビジネスミッションの参加レポートをお伝えしました。4日間、朝早くから夜遅くまで充実したプログラムを組んでくださったジェトロ、およびブルガリア・セルビア両政府および関係者の方々に改めて、感謝を申し上げます。
出典・参考
BBC (2024). Fourteen dead in Novi Sad, Serbia railway station canopy collapse.
https://www.bbc.com/news/articles/c9wrp7g05xro.
Reuters (2024a). Hungary, Slovakia, Serbia call for funding to fight illegal migration.
https://www.reuters.com/world/europe/slovak-pm-fico-says-fight-against-illegal-migration-an-absolute-priority-2024-10-22/.Reuters (2024b). Serbia’s Vucic thanks Putin for natural gas supplies.
https://www.reuters.com/world/europe/serbias-vucic-thanks-putin-natural-gas-supplies-2024-10-20/.
SPIEGEL (2024). Eingestürztes Bahnhofsdach in Novi Sad: Tausende Serben demonstrieren gegen die Regierung.
World Bank. (2022a). Serbia, FR(Serbia/Montenegro) Exports, Tariffs by country and region 2022 | WITS Data.
https://wits.worldbank.org/CountryProfile/en/Country/SER/Year/2022/TradeFlow/ExportWorld Bank. (2022b). Serbia, FR(Serbia/Montenegro) Imports, Tariffs by country and region 2022 | WITS Data.
https://wits.worldbank.org/CountryProfile/en/Country/SER/Year/2022/TradeFlow/Importジェトロ. (2024). セルビア政府、日本企業の進出に強い期待、ジェトロがミッション派遣(セルビア、日本、欧州) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース.
https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/10/705538c7f894fb68.html.セルビア政府(2024). Serbia Japan Business Forum でのセルビア政府によるプレゼンテーション資料 (n.d.).
今村朗(在セルビア日本大使) (2024). セルビア情勢と日本(ジェトロ ブルガリア・セルビア・ビジネスミッション参加者への提供資料).
日本国外務省(2024). セルビア基礎データ.
浜田真梨子(はまだ・まりこ)
執行役員
シニアマーケティングコンサルタント(欧州統括)
大手電機メーカーにて約10年に渡り、IT営業およびグローバルビジネスをテーマとする教育企画に従事した。その後コンサルタントとして独立し、日系・外資問わず民間企業や公的機関へのコンサルティングを行っている。中でもハンズオンベースでの調査から受注までの一連のプロセスをカバーする営業・マーケティング支援や、欧州拠点の設立などのサポートを得意とする。2016年には欧州で経営学修士号(MBA)を取得し、現在はドイツを拠点に活動している。