ドイツでも在宅勤務がスタンダードに
ドイツでは2022年3月にコロナ蔓延を防止する目的での在宅勤務義務が解除された。しかしその後も根強く在宅勤務の形態は維持されている。今回はドイツの在宅勤務状況についてまとめ、その社会的な背景についても報告してみようと思う。
そもそもドイツにおける在宅勤務義務とは、職場における感染対策を定めた「新型コロナ労働者保護政令」に基づくものである。この政令では事務仕事または同等の業務について、止むを得ない場合を除き、雇用者は被用者に自宅での就労を提案し、従業員も反対の理由がない場合、この申し出を受け入れることが法的に定められている。この義務は3月20日に解除されたが、翌日から即コロナ前の勤労形態を復活させた企業はかなり少なかったようだ。
ドイツのifo経済研究所による企業アンケートによれば、在宅勤務義務の解除前の2022年1月と解除後の2022年4月とで、劇的な変化は認められなかった。 2022年1月時には28.4%の従業員が少なくとも一部、在宅勤務を利用していると回答し、同年4月の調査ではこの割合が24.9%となった。若干減少が見られるものの、依然として4人に1人の労働者がリモート勤務を活用していたということになる。業種別ではサービス産業でその割合が高く、4月時点でも35.3%の労働者が在宅勤務形態をとっている。
このサービス産業にはITプロバイダーも含まれるが、IT分野に限って見ると、実に70%以上の従業員がオフィス以外で勤務している。これに対し、製造業や建築業は現場仕事があるため、在宅勤務率も低い。2022年4月時点で、それぞれ16.2%、7.7%という結果が出ている。しかし、実際には製造現場にも在宅勤務の形態があるようだ。先日訪問した製造業の品証部で、加工部品の測定をするオペレーターが、在宅勤務をしていると言っていた。どうも他の従業員と交代制で、事務と現場仕事の日を分けているらしい。
このように在宅勤務は業種を問わず、勤労の新しいスタンダードになっている。背景には企業間での人材の獲得競争があるようだ。企業はよりフレキシブルな雇用形態をアピールすることで、より優秀な人材を集めようとしているのだ。また昨今のエネルギー事情や脱炭素の動きからも、出勤時間の無駄をなくし、車移動を避ける取り組みに迫られている。
ドイツでは被用者の在宅勤務を保証する「モバイル労働法」制定の動きも見られる。 初期の法案は、正社員は年間24日のモバイルワークを請求することができ、雇用主はやむを得ない理由がない限り、これを拒否することはできないとの内容であった。しかし、わざわざこのようなガチガチの保証をしなくとも、市場の原理が、より柔軟で大胆な雇用形態を生み出しているようだ。
具体的にドイツ企業がどのような在宅勤務方針を打ち出しているかを見てみよう。
自動車メーカーのポルシェは2021年5月、新型コロナ危機発生以前の月当たり2日から、12日にモバイルワークの可能性を拡大することを発表した。 フランクフルター・アルゲマイネ紙2021年5月21日付によると、この内容は取締役会と従業員評議会との間の労働協定に盛り込まれている。
モバイルワークの開始に伴い、従業員には大型スクリーンを含むテクノロジーパッケージが提供された。 「モチベーションの高い社員が重要である」と人事部長のアンドレアス・ハフナー氏は述べている。仕事の結果が適切である限りにおいて、労働契約の枠内で、自由な勤務スタイルをとることができるという。しかし同社では、十分な出勤時間を確保することも引き続き重要視している。従業員同士の交流が、特別な「家族のような企業文化」を強くするという。2025年までに、ポルシェはオフィス従業員のデスクを現在の60%にまで削減する予定である。
ソフトウェア最大手のSAPはいつ、どこで、どのように働くかの決定を100パーセント従業員の自由に委ねている。 さらに年間30日は海外からの勤務も認められている。今後オフィスは作業の場ではなく、人々が集い、コラボレーションするためのスペースに生まれ変わる。同社ではオフィスデザインの改変に取り組んでおり、すでにロンドン、シドニー、チューリッヒの事務所でパイロットテストが開始されているという。
電機メーカーのシーメンスでは2020年夏に「ニューノーマルワーキングモデル」を制定した。 このモデルは世界中の拠点で展開され、週に2日からに3日をモバイル形式で勤務できるようにする。
また新しいITプラットフォームを導入し、新しい働き方に関するすべての情報を管理者と従業員に提供し、管理者にはモバイルワークに関する特別なトレーニングを実施するという。同社の副社長兼労働取締役のローランド・ブッシュはモバイルワークを「オフィスにいることではなく、結果を重視する経営スタイルに合致する」と説明する。「新しい働き方によって、従業員のモチベーションを高めると同時に、会社の業績を向上させ、柔軟で魅力的な雇用主としてのシーメンスのプロフィールを強化したい」としている。
上記企業の取り組みに共通するのは「在社よりも結果重視」、「柔軟で魅力的な雇用者像」そして、オフィスを交流の場と捉える「オフィスの意味の再定義」などである。
こうしたドイツの実態も世界から見ればまだまだ平均的なもののようだ。上記のifo研究所が9月に発表した、27カ国を対象とした各国比較調査では、ドイツの労働者は平均して週1.4日間、在宅勤務をしているという。 27カ国の平均値は1.5日。フランスでは1.3日、アメリカは1.6日、日本は1.1日とのこと。最も在宅勤務をしている国はインドとのことで2.6日。それにシンガポールの2.4日、カナダの2.2日が続く。
従業員もこれまでになく在宅で勤務することを重視している。調査対象者の26%は、雇用主が対面式の仕事しか提供していない場合、別の仕事を探すと言っている。米国内の他の調査によると、現在在宅勤務をしている人の40%以上が、雇用主がオフィスへの完全復帰を要求した場合、新しい仕事を探すと言っている。
日本企業はこの結果をどのように解釈するだろうか。「従業員の管理ができないから」、「若者の怠慢」などという理屈で出勤を求める企業はいずれ時代から取り残されるだろう。
長時間労働とアウトプットが天秤にかけられるようになって既に久しいが、今は在社することと業績すら、その相関性が疑われているのである。
さて、在宅勤務の問題点はなんだろうか。やはり家で仕事ができる分、プライベートとの境目が曖昧になりがちなところだろうか。実際に在宅勤務により、労働者のストレスレベルが高くなる状況もあるらしい。労働組合団体による最新の調査によれば、在宅勤務者の28%が、「頻繁に未払い残業をしている」と回答した。さらに3人に1人の労働者が上司から勤務時間外でも携帯電話などで対応することを求められている。これは通常の出社状況下の2倍の頻度で起こるとされている。また46%の回答者が「休憩時間を削っている」、あるいは「全く取っていない」と回答しており、47%が「仕事のオンとオフの切り替えができない」と訴えている。
この辺りの折り合いが雇用側、費用側でうまく機能することが今後の課題だろう。ちなみに弊社は創業以来のホームオフィス。掃除、洗濯、買い物などの家事を織り交ぜつつ、仕事をするスタイルだ。執筆に疲れた時に買い物に出たり、掃除をすると、私の場合は良い気分転換になる。全てはアウトプット勝負と思っているが、気晴らしが多すぎやしないかとふと心配になることもある。
三宅 洋子(みやけ・ようこ)
CEO, Miyake Research & Communication GmbH
留学生として渡独し、学業のかたわらドイツ語通訳者としてのキャリアをスタートする。
2008年頃より日本の官公庁、企業向けに海外調査を開始。主にドイツの政策制度、イノベーションに関わる調査を担当。2015年、Miyake Research & Communication GmbHをベルリンに設立。ハノーヴァー大学哲学部ドイツ語学科博士課程修了(Dr. Phil.)。
Miyake Research & Communication GmbH:https://miyakerc.de
連絡先:y-miyake@j-seeds.jp